10年前まで、近所に街の本屋さんがあった。
その本屋さんの店主が、バイクに乗ってひょこっと事務所に入ってきた。
なんだろうと思った。10年ぶりの再会である。
手袋を外した手には、一冊の雑誌…。えっ、なんだろう。短時間の内に疑問符が、頭の中を駆け回る。
「整理しよったら出てきたけ、持ってきた。あげる。」
10年前初めて建築雑誌に、自らが設計した住宅を掲載してもらった。
住宅建築2001年4月号。
受け取った雑誌は、まさにその雑誌。
(えっ、どおして…)
「知っとっちゃったの?」
「うん、記念に取っておいたのだけど、整理せんといけんようになったけぇ、持ってきた。」
少年の頃から、本を買うといえば、あの本屋さんだった。
月刊誌だけでも何十冊も扱っていたはずだ。その中の一冊、またその中の一部にボクの描いた住宅が載っていた。
その頃はもうとうに、郊外型大型書店が少し離れた場所にオープンしていた。それで、そのおじさんは、店を畳まなければならなくなったのだ。
このオレも、ボクが初めて載ったその本を、大型書店で購入していた。
なのに、
それなのに、その街の小さな書店のおじさんは、その雑誌をとっておいたのだ。
オレが来たら、良かったな、とでも言おうとしていたのだろうか…。
元店主は、何事もなかったかのように、バイクに乗って去っていった。
有難うございますと深く礼をし、小さなバイクが見えなくなるまで、事務所前の道端で見送った。
0 件のコメント:
コメントを投稿