2020年5月14日木曜日

残酷な神様




昨年、前立腺癌と戦い
年末、肺癌が見つかり
手術、退院。
最近、経過観察で、
肺の別の部位に影があると。

これが、癌だとすると
転移ではなく、多発性癌ではと

言葉を失う

よく酒も飲んだし
迷惑を掛けてしまったこともある、 重要な友人。

二度目までは、まだ聞けた。
だけど、三度目は…

電話越しに聞こえるロックウイスキーを作り替える音。
だんだん酔ってきた口調
相当ダメージを受けただろうメンタルが伝わる。


こんなにいいやつが、なんでこんなめに会うんだ?

残酷な神様
 


   

2020年3月8日日曜日

前田専用ハサミ




 前田とは、あの落合監督が天才と呼び、あのイチロー選手が尊敬すると言った、カープの前田選手。誰が見ても繊細で、神経質に見える。

 ある日、わたくしは、行きつけの床屋へ行った。そこの先生、もともと理髪店の主を、先生と呼ぶ習性がなかったわたくしだが、その先生は、いろいろな意味で、その意味は省略するが、やはり先生であり、わたくしが独立する前からの付き合いだ。その先生が、一本のハサミを持ってわたくしが座っている椅子の後ろに立った。このハサミは、前田専用のハサミだ。浩二でさえ使っていない。一本26万円。ここに、ベアリングが入っている。と、刃先と持つ方がクロスする小さな丸い蝶つがいを指して言った。ちょっと見てみろ、髪に片方の刃を軽く当てただけで、髪がすっと落ちた。これはソリだ。ソリが二本付いている。1ミリの三分の一まで、ずれずに切れる。鏡の中の先生は、冷静で淡々としている。いつもと変わりないように見える。

 そんな大事なハサミを、前田選手以外に初めて、わたくしに使うのだと言う。何が、おきているのか分からない。とにかくそのハサミで、わたくしの頭を刈り始めた。先生のことだから、前田選手が、脚光を浴び始める前から、おそらく15年は、前田選手だけの頭を、刈り続けたハサミだと思う。

 その時、先生は、突然何故か、わたくしを励まそうと思ったのだ。次は、また元のハサミを使うだろう。そうだとしても、そして、すでに二代目前田専用ハサミは、用意してあるとしても、びっくりする。有り難い。これほどまでに心から、激励されることはめったにあるまい。感謝する。




 2008.3

2020年2月24日月曜日

繊細なプロムナード




静かに、ゆっくりと、導くアプローチ。
傍らに手を伸ばせば、そこに溢れ出る泉。
水盤は、一瞬の鏡面となり、自らの心理を映し、
天空からの光束を映す。
夜となく、昼となく。
時また巡り一陣の風。
木々の枝葉を揺らし、心ざわめく。
人が人と離れ、また会うための、繊細なプロムナード。





  
  

  

  

2020年1月7日火曜日

ライオンのウイスキー




シゴトをしているんですよ、ライオンは。展示物だという役割の意味を分かっているんです。「えっ?」動物園の飼育課長の言葉が、あまりにも衝撃的だったので思わず聞き返した。

展示物である百獣の王ライオンを、もっと身近に観て欲しいということで、市役所から建築設計の委託を受け、飼育舎の形状について、担当者と打合せをしていた時のことだ。

ところで、設計事務所を始めて、四半世紀が経とうとしている。十年二十年と一つのことを続けていると、色々な人に出会う。相手には当然言い分が有るだろうが、ついには設計料の支払いを拒む人に出くわしてしまった。直接交渉が出来ないので、弁護士の世話になり、弁護士と係争の為の不毛な打合せを何時間も続けることになる。それはまるで、実社会と法律の向う側に、隔たりが有るかのようだ。弁護士が説明する「法律の向う側」は、難解で混乱してしまう。打合せが終わると、僕には実社会の仕事が待っている。僕は今、疲弊した精神を癒すべく、ここに座っている。

明るい内からウイスキーが飲める小振りなホテルのロビーサイドバーだ。ロビーの突きあたりにある小ぢんまりとした空間で居心地が良い。カウンターの正面は、縦にスリットが切ってあって陽が傾く頃ちょうど眩しくなり、目を細めながら丸氷の音を聞いていると、いつの間にか、締め付けられていた心が和み始める。

仕事といえども、穏やかに暮らすライオンと、仕事の要因で疲れきった自らを回想し、現実を手繰り寄せている。バーテンダーは知識が豊富で、さまざまなウイスキーの生い立ちを質問しては、ボトルを交換し、ひと時を過ごしている。

そんな僕には、建築を創造する時、独立以来ずっと意識してきたことがある。それは、その土地が持つポテンシャル(可能性)を最大限引き出すことだ。どんな土地であっても、仮にそこには、展示物として棲むライオンが必ずいるはずだ。
   例えば、荒涼とした海辺で悠久の時を経て、潮の香りを放つシングルモルトウイスキーのように。
  
                        2017頃 2020.1加筆編集