2020年1月7日火曜日

ライオンのウイスキー




シゴトをしているんですよ、ライオンは。展示物だという役割の意味を分かっているんです。「えっ?」動物園の飼育課長の言葉が、あまりにも衝撃的だったので思わず聞き返した。

展示物である百獣の王ライオンを、もっと身近に観て欲しいということで、市役所から建築設計の委託を受け、飼育舎の形状について、担当者と打合せをしていた時のことだ。

ところで、設計事務所を始めて、四半世紀が経とうとしている。十年二十年と一つのことを続けていると、色々な人に出会う。相手には当然言い分が有るだろうが、ついには設計料の支払いを拒む人に出くわしてしまった。直接交渉が出来ないので、弁護士の世話になり、弁護士と係争の為の不毛な打合せを何時間も続けることになる。それはまるで、実社会と法律の向う側に、隔たりが有るかのようだ。弁護士が説明する「法律の向う側」は、難解で混乱してしまう。打合せが終わると、僕には実社会の仕事が待っている。僕は今、疲弊した精神を癒すべく、ここに座っている。

明るい内からウイスキーが飲める小振りなホテルのロビーサイドバーだ。ロビーの突きあたりにある小ぢんまりとした空間で居心地が良い。カウンターの正面は、縦にスリットが切ってあって陽が傾く頃ちょうど眩しくなり、目を細めながら丸氷の音を聞いていると、いつの間にか、締め付けられていた心が和み始める。

仕事といえども、穏やかに暮らすライオンと、仕事の要因で疲れきった自らを回想し、現実を手繰り寄せている。バーテンダーは知識が豊富で、さまざまなウイスキーの生い立ちを質問しては、ボトルを交換し、ひと時を過ごしている。

そんな僕には、建築を創造する時、独立以来ずっと意識してきたことがある。それは、その土地が持つポテンシャル(可能性)を最大限引き出すことだ。どんな土地であっても、仮にそこには、展示物として棲むライオンが必ずいるはずだ。
   例えば、荒涼とした海辺で悠久の時を経て、潮の香りを放つシングルモルトウイスキーのように。
  
                        2017頃 2020.1加筆編集