2018年5月4日金曜日

オレ


何故なんだろう。
何故オレは、ここにいるのだろう。


新作を、建築雑誌編集長が、出張して見に来てくれた。
内部取材は、ご勘弁をとクライアントの判断。掲載見送り。

ならばと、建設中の住宅をまたしても、編集長自ら確認した。
完成したから写真を持って行くと、編集長が移動していた。
新しい編集長は、違う考えを持っていた。

悔しくて、泣いた夜もある。
机を叩いて、泣いた。

送ってもいない完成写真を、雑誌社がホームページを見て、使わせてくれと言う。
今から、カメラマンが撮影しますから待ってくださいと伝えると、
オレが撮った素人写真でいいから、すぐに載せたいという。
一般向け月刊誌掲載に、驚いたことがある。
プロが撮影した写真は、複数の雑誌がその後掲載した。
画像の良し悪しよりも、他誌より先に載せたいという熱い思い。
励まされ、その雑誌の編集長の感性が嬉しくて、涙が出た。


あいつは、きっと乗り越えるだろう。
みんなに、そう思われている。あいつは、強いやつだから。
だけど、オレは今、ここにいて悔しさと不安に震えている。
オレは、みんなが思っている程、強くないし、弱く小さい人間だ。


いつか、ウイスキーを飲みながら、読み直す為に…。

2018年5月2日水曜日

雨の朝4


庇に落ちる雨音で、目が覚めた。
目を覚ました瞬間に、雨の音が聞こえた。
どちらだろうか。
それぐらいその雨音は、静かだった。

優しくて、気持ちの良い目覚め。
一度も出会ったことのない、幻想に棲む姉の様な人が、少年の自分をさすってくれた。
愛おしそうに、僕の髪を撫でて起こしてくれた。

フェザータッチを感じながら、もう一度目を閉じる。
白く、何もない世界。
雨の朝。


  



2018年4月3日火曜日

三江線廃止について



ついに三江線が廃止された。
寂しいという新聞投稿があった。もっともだと思う。

しかし僕は、寂しいとか悲しいとかそういう問題ではないと思っている。
社員一人ひとりは、雪かきを始め様々な努力をしてきただろう。
だけど、JR西日本としては努力してきたのか。減っていく客を、指をくわえて見ていただけではないか。

鉄道を利用するのは、地域住民だけではない。旅行者もいれば、鉄道ファンだっている。

ひと昔前、優れた市長が舵取りをしていた時期広島市は、入学希望者が市内の中で最も少なかった基町高校の建て替えに際し、その校舎の設計をある著名な建築家に任せた。エスカレーターが外から見えるガラス張り吹き抜けのある斬新なデザインだ。
その後、あの学校かっこいいよねという噂が次々に広がり、入学希望者は徐々に増え始め、ついには広島で最も人気のある偏差値の高い学校の一つになった。

あの時、あの市長がいなければ、極論すれば、基町高校は三江線の如く廃校になっていたかもしれない。
今、基町高校の生徒は、地域の生徒だけではない。広島市中から、電車に乗ってバスに乗って場合によっては下宿してでも通っている。この様な成功例を、鉄道会社経営者は、知っているのだろうか。何か、知恵をしぼったのだろうか。

そもそも、日本中に張り巡らされたJRのレールは、国民の税金で造られた国民の財産だ。一企業が、儲からないという理由だけでその線区を廃線にして良いものだろうか。僕には、ごう慢としか思えない。
何千キロとある線路の内、たかだか100キロの赤字路線が守られない様な会社なんか止めてしまえと、僕は、思うのである。


   

2018年3月17日土曜日

飛行機雲




まだ早い春、久しぶりの真っ青い空に、
ジェット機の両翼から、2本の白い雲。
まず長さをチェック、あした、晴れだね。

飛行機の向きは西南西と南西の中間くらい、空港はあっちだから…、沖縄便だね。

沖縄…。


透き通った珊瑚礁の海に、高い入射角から差し込んだ光が乱反射する。
君は、逆光の水平線を、輝きながらシュノーケリングする。






   


   

2018年2月8日木曜日

金メダル


常々、様々なミーティング等で私が言っていることがある。

メダルを目指している選手には、メダルは取れない。
せいぜい入賞がいいところだ。

金メダルを目指している選手に、金メダルは取れない。
せいぜい銀か、銅だ。
これらの選手が、仮に目標達成することが出来たとすれば、それはラッキーに過ぎず偶然だ。

では、どうしたら金メダルが取れるのか?

それは、まず自分の目標を、金メダルより高い位置に設定することだ。

それを例えば、ブラックメダルと呼称するならば、
常に、ブラックメダルが取れる為のトレーニングを積み、
練習においては、完璧にブラックメダルのパフォーマンスを続ける。
そして、それにおごることなく、謙虚な気持ちを持ち続け、
他の追随を許さない圧倒的な練習を繰り返し、ブラックメダルの水準を維持する。

本番では、ブラックメダルが取れるイメージを繰り返し、冷静にチャレンジする。

そこまで自分を高めた時、仮に、本来のパフォーマンスが出来なくとも、
それが最低でも、楽に、金メダルの域を超えるように、自分を磨くことである。

これは、例えとして金メダルを用いているが、
それは、例えば、試験という言葉にも置き換えることができるし、自分の目標に対して何にでも置き換えることができる。

私は、こうして、例えば、裁判に勝った。





  


2018年2月7日水曜日

「時間は取り戻せない」ある裁判を終えて




 昨年暮れ、ある訴訟が終結した。

 私としては、相当に長い訴訟期間だったので、一つの区切りとして、ここにその記録を個人的に残す。相手方に対しては、非礼な思いなどは皆無で、むしろ尊崇の念を持ち、書くものとする。この稚拙な文章は、自分が前に向き、突き進む過程において、あーそうだったよねという程度の内容とする。


 4年前の年の瀬、ほぼ年収に匹敵する報酬額を、この確認をおろせば貰えると確信した私は、相棒に言った。
「これで正月に、旨いもんでも食べようや。」
 相棒は、苦労が報われ、少々の贅沢は許されるといった安堵の、美しい表情を浮かべ、私の提案に頷いた。私は、喜ぶ子供らの表情が目に浮かび、「(この仕事は)母さんが、したんだよ」って誇らしく、子供たちに説明する自分を想像し嬉しかった。

 しかし、ひと仕事終えたから家族で食事しようというごく当たり前で、ささやかな望みが、打ち砕かれたのである。(私からすれば)先方からの、確認申請目前になって突然の事業計画中止宣告、そして契約破棄。これが、この裁判を始めなければならなくなった理由である。

 それから4年の歳月が流れ、高裁で下った全面勝訴判決。先方は、確定請求額を支払った上で、最高裁に上告した。それは、報酬を手にしたとしても、まだ完全には喜べない状態だ。その後先方の上告から数か月が経ち、最高裁から、先方の上告を受け付けない旨、「棄却」という通知が届いた。これでやっと、この裁判が終わった。それが、昨年暮れのことだ。

 さて、本来受け取れる時から4年経過して報酬を貰ったとして、報酬を手にすることが出来なかったその4年間という今日までの時間は、帰って来ない。
 この間今日まで、手にすべきことが、手にすべき時に出来なかった、手に出来ていた場合とは大きく変容したであろう様々なことがあった。

 全ては、己の不徳の致すところ。ご協力頂いた皆様、関係者の皆様、成功報酬だけで弁護を引き受けてくれた熊野量規法律事務所、そして愛すべく素晴らしい相棒に、この場を借り改めて、御礼申し上げるのである。







2017年12月5日火曜日

初雪



煙草を買いにコンビニまで
あれ、小雪が舞っている。

雪だ、雪が降っている。
帰って1番に伝えたい人が、いない。